SSブログ

三代目魚武濱田成夫の詩『生意気ですかね?』


『生意気ですかね?』

詩・三代目魚武濱田成夫


レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』

エドヴァルト・ムンクの『叫び』

オギュースト・ロダンの『考える人』

ミケランジェロの『ダヴィデ像』

サンドロ・ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』

フィンセント・ファン・ゴッホの『ひまわり』

アンディ・ウォホールの『キャンベルのスープ缶』

マルセル・デュシャンの『泉』

三代目魚武濱田成夫の『一俺ビル』



~詩・三代目魚武濱田成夫~

天作会の船長出品作品の本人ライナーノーツ(※わりにライト版)

《三代目魚武濱田成夫の天作品会出品作品への本人ライナーノーツ(※ライト版)》

今回、俺が書道展天作会」に出品する作品は『一俺ビル』の写真作品3種類です。(※この作品は。版画のように、それぞれ各11枚ずつを印刷しており、各11枚が、この世に存在します。天作会に展示するのは、そのうちの1枚ずつで、三種の『一俺ビル』の写真に(手書きのシリアルナンバー&自筆サインを入れた作品。天作会に出品するのは、全三種の、それぞれに11枚存在するなかのシリアルナンバーが[11/11]のものを三種全部1枚ずつ三作品出品しています。)
『一俺ビル』は今までも俺の本で掲載発表したり、俺のDVDで映像を発表したりはしてきたけれど、
実は『一俺ビル』を単品の紙の作品にしての展示という表現方法は、
今回が初となります。
天作会が書道展だからこそ、今回、俺は、あえて『一俺ビル』の写真作品を出品することにしました。
もちろん、これ以外にも船長は、あいかわらず日夜、作品を沢山作りまくっているので、出品しようと思えば、作品は、うなるほどありますが、だから、お見せしたい新作も沢山あるのですがっ!
今回は書道展だし、書道展だからこそ、
なおさら『一俺ビル』を出すが意味あるな!
と思いましてね。
それに気分的に、
そろそろ『一俺ビル』を、単品の紙作品でも1度形にしときたかったので、今回は紙に『一俺ビル』を印刷した作品を11枚ずつ製作し、そのうちの1枚ずつを三種類、出品することにしました。
後れ馳せながら、やっと『一俺ビル』を紙の単品の作品にいたしましたあ!

そんでもって俺が言いたいのわ、

「俺が生まれるまでは書は二種類だった。
伝統的な書。前衛的な書。
だが、
俺が生まれてからは
書は三種類になった。
伝統的な書、前衛的な書″、
そして、
三代目魚武濱田成夫の書く書″だ。」

と、いうことだったり、


「本当の意味で、でかい作品っていうのはな、こういう作品のことを言うのさ~。あのね、紙のサイズってことじゃないんだよね~。」

と、いうことだったり、


「一俺ビルは、もはやキャラです。」

と、いうことだったり、


「前衛芸術とは、俺より、はるか後ろのほうにある芸術のことである。」

と、いうことだったり、


「芸術なんて所詮、人間相手のものでしかない。残念なことに、虎や鳥は魚には通用しない。見にもきてくれない…。昔から、俺は、ずっと、その虚しさを抱えながら作品を作ってる。
所詮、人間相手でしかないのだという虚しさ…。
だけどな、どうせ作るからにはだ、もし、虎や鳥や魚に見せても「こいつ、なんだかスゲエな…」と、そんなふうに思ってもらえるような作品を、そんなことは無理なのかも知れないけれど、それでもだ、どうせ作るならだ、俺は、そんな作品を作ってやるんだ!という、そういう気概だけはだ、常に持って作品を作らなきゃあだめだろうと、俺は、いつも、そう思って、もし叶うなら、たとえば、虎やゾウやキリンやコアラやシマウマやハシボソミズナギドリやヒカリキンメダイやクジラやウツボやサメやウグイスたちなんかにも見てもらうことも意識して作品を作っているのです。無理かもしれんけど獣たちや鳥たちや魚たちも、うわっ!なんだかスゲエなあ!こいつの作品!と思うようなものにしたいという想いだけは持ち続けているんだ。
ちなみに俺は本物の虎の前で、同じ柵の中に入って実際の虎を目の前に、実際に俺の詩の朗読をしてみたことあります。無理やりですが虎に朗読を聞いてもらったことがあります。群馬のサファリパークでね!
表現者たる俺には、そういう経験は必要だからね!(※もちろんサファリパークの方から特別な許可をいただいた上で、やらせていただいたので、けっして良い子はマネしないで!)」

と、いうことだったり、


「みなさん!小芸術家(こげいじゅつか)になってしまわないように気をつけましょう!」

と、いうことだったり、


「あのな、今の時代で、どうかなんてことを考えてること自体が既に小さい。
そうじゃなくてよ
オールタイム(全時代)で、どうか?だろうが~!作品が!」

と、いうことだったりね、いろいろさ!

あのさ~
作るからには、
そういう気概はねえと、だめなんじゃないのかな?
メイビーね!

昔も今も、
ずっと俺は、そう思う年頃なのですよ。
少なくとも俺は、
永遠に、そんな年頃や。

メイビーね

ということで!
見れる期間は数日間ほどしかないけど
遅ればせながら、そろそろ、単品の紙の作品の形にしておこう!ということで、今回は平面の紙の作品にした『一俺ビル』の作品を天作会に出品しております!
よければ観に来てね!
記念に作品と一緒に写メでもどうぞ!

あとね、
今回、作品は、あえて作品を額装せずに、
展覧会場の壁に、
まるでポスターのように貼って展示するぜ。
ポスターじゃねえけどな!

それで、お願いなんだけど、
ポスターみたいだからといって直接触っちゃだめだからね!
これはポスターじゃないよ!

それだけ船長からのお願いね!
それに、あれは売り物だからね!

そういえば最近、俺ね、なんだかセザンヌのヤバさに、気づいてきたよ。
あのね、大好きなゴッホとかピカソとかミロとかマティスとかダリとかモネとかデュシャンとか一休とかに比べると、どっちかというと、なめて見てたセザンヌが、これまたヤバいことに、最近うすうすと気づいてきてしまったんだよ船長は…。
いや~
セザンヌさん!あなたの絵は凄いっす!

あとね、凄い芸術家ってさ、
みんな、あとで自伝になるし、芸術に興味ない人が読んでも、最後まで読ませるだけの、凄い生きざまが、みんな、あるよね。
俺は、そういうものにも(※つまり、オールタイムで歴史の中の凄い芸術家たちの自伝の内容にも、)俺も負けないような生きざまにしなきゃなと思って生きてきました。でないと、人々は読む気がしないでしょ?
で、最初の俺の自伝は、まあまあいい感じの内容にはなったとは思うけど(※いまだに映画化の話が何度も来たりするしね。まあ俺は映画化には、そんなに、そそられないんだけど。気持ちはありがたいですけど。)。
で、さらに、それからの俺は、自伝『自由になあれ』の続きを生きているわけで、
だから、いつか第2巻を出した暁には、これまた、どんな人が読んでも、おもしろい!と思ってもらえるようなオリジナリティあふれる内容の自伝にしたいわけで、だからこそ、そんな生きざまに現実をしていくことに、生きてるかぎり情熱を傾けて現実にやってみせて生きて行こうと思っています。
おかげさまで、あれからも、いまんとこ、かなり数奇な人生をおくりつづけることは出来てるっすもんね。

そういえば
俺の詩にこんなのあったね

″やりたいように生きてる
この俺は

はたして不幸になると後悔するのだろうか?

ちがうな、たとえ不幸になろうとも、

シーソーの上でゲロを吐いた時と同じで、

自分のことをカッコイイと思えるだろうよ。″

~詩『本当の少年を見たことがあるのだろうか』(部分抜粋)~

とかね、

″誰とも、ちがう道を行く

誰とも、ちがう旅に出る

誰とも、ちがう生き方

わざとらしくても
かまわないさ。

命が鳴るぜ

ヘイ!ヘイ!ヘイ!

命は鳴るぜ

ヘイ!ヘイ!ヘイ!

命は鳴るぜ

馬鹿にされも笑われても屁でもない ″

~詩『ちがう道を行く』(部分抜粋)~

とかね、
これらの詩は、バンド俺屋のCDの中にも出てくる詩たちでもあるね
もしかしたら
この詩たちは
船長の、そうした実際の自分の生きざまから、
本当に、そういう生きざまをしつづけてるからこそ
説得力を持っている詩なのかもしれないね!

まあ、ひとことでいうなら

″自らを実験台にして
好きなように生きてみてる阿呆な船長から皆さんへの、御報告の手紙″

みたいなものとも、
いえるのかもしれないね~!

メイビーそうかもね
もしかしたら
ちがうかもしれないけど

まあ、そのへんはバンド俺屋のCDを、各自もう一度ちゃんと聴いてみたりしてみてね!

それじゃ
皆さん
お元気で!

船長より
俺を込めて